動き出した反公害運動
旧ソ連でも、環境の危機がソ連全土で国民を政治に目覚めさせるきっかけになりました。
モスクワ市民で、自分たちの吸っている空気の質を知っているのは、政府機関の担当者だけといわれていたのが、ペレストロイカで環境の情報が一挙にあふれ出しました。
90年前後には、各地でいっせいに反公害運動に火がつき、1年間で240もの公害工場が市民の攻撃で閉鎖されました。
その頃、海外からの環境支援も少しずつ動き始めました。
ときに北欧諸国は東欧からの汚染大気が酸性雨の原因になっているとして、積極的に援助に乗り出しました。
さらに、米国などもポーランドとハンガリーに対する環境援助を強化しています。
東欧諸国、とくにハンガリー、ポーランド、チェコスロバキアは、ぜひとも公害を減らさねばならない事情があるのです。
これらの国が切望している欧州共同体(EC)への加盟には、ECのきびしい環境基準を満たさねばならないからです。
といっても、環境対策に多くの予算を割くゆとりはなく、各国とも必死に自主財源づくりの工夫をしています。
ポーランド政府は、環境整備基金を提案、対外債務の10%を棒引きしてもらう代わりに、それを基金にして環境対策に当てようという構想を進めています。
「環境と債務のスワップ(交換)」です。
すでに米国はポーランドと合意し、31億ドルの債権の7割を棒引きにする代わりに、その1割を今後18年間にわたって環境プロジェクトに割り当てるように義務づけました。
このほか、フランスとノルウェーが合意しています。