世界の宇宙開発 7
このような、ある意味では無気味な見方にここで触れるのは、国際的な世論というものが現在何が起っているかに全く関心を持たないか、あるいは素晴らしい技術的成果といったものに目をくらまされてしまうことを承知している政府は、その意図する計画の内容をどうにでも進め、実現することができるのだ、という点を示すことにあります。
また、このような議論では、大衆の気まぐれさという点も暗示されています。
と同時に、社会全体としてみた場合、何故にこれほどまでの技術、注目そして資金が宇宙探査に注がれているのかと、疑問を提出すべき時点に到達していることも、確かなのです。
初期の頃には、その答は明らかでした。
それはちょうど、なぜ山に登るのかという問と多くの点で共通していました。
なぜならそこに宇宙があるからだ、と言うことができたのです。
宇宙は昔も今も、挑戦の対象として存在しています。
初期の飛行には、素晴らしい成果という以上のものがありました。
科学や技術が宇宙探査にその力を振り向けなければ、責任を回避していると批難されたに違いありません。
同様に、軍の各部門は、そのような宇宙探査を奨励し、利用しようとする誘惑を抑えつけていたとしたら、余りにも無知だと言われていたでしょう。