基地と生きる
そうなると、これによって生活をしている人々は、どのようなユニークなアイデアでもって対抗していくのか、楽しみですらあります。
生活の知恵とでもいうのか、生きる強さとでもいうのか、とても米軍などは相手にはならないのではないでしょうか。
沖縄市(旧コザ市)は、基地問題を云々しながら、同時にたくましく生き、造り上げていった基地の街です。
いわゆる観光案内書が、同情と興味を折りまぜてコザ十字路、白人街、黒人街、空港通り(ゲート通りともいう。
通りのどんずまりが、基地のゲートになっているため、中の町(日本人専用の夜の街)、吉原遊郭跡、米兵相手の質屋街などを紹介するわけですが、ここで生きてきた人々にとっては、同情やら興味やらは、迷惑な話で、「ただエネルギッシュに生きてきたのだ」と思うのです。
沖縄ツアーでも無関心だ、などといっているわけではありません。
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