太陽の周期と占い術
日本では、陰陽寮設置当初から太一式占に通ずる還俗僧が官人に任用され、占書も伝えられました。
太一式盤も滋岳川人の所持したものや内裏の仁寿殿に宝器とともに所蔵されていたものが知られています。
9、10世紀ごろまでは、四計が行なわれたのではないかと思われます。
しかし、10世紀後半に陰陽道の六壬式占専用が決定的となってからは、時計は行なわれず・・・
歳計のみが、厄歳の勘申に利用されたのではないかと思われます。
西園寺家記録の中の『七十二局立成』には、歳計の計算結果によって、歳ごとの入局の様子が、推古朝から鎌倉時代中期まで600年以上にわたって記されています。
これが実用されたものかなど、その性格はまだはっきりしていません。
しかし、改元理由ともされた太一厄歳説の中には、歳計によるものではないかと思われるものがあります。
承保元(1074)年の太一陽九の厄は、この年が丁度450年周期の陽九にあたるのです。