戦争は最大の環境破壊
地球規模の影響とは別に、大気汚染は炎上地域であるクウェートにおいて、人体に危険なほどの高濃度をもたらしました。
環境総合研究所(ERI)が4月に行った現地調査によれば、15日から24日のクウェート市のSO2の平均濃度値は、0.282PPm、ブルガン油井近くのアハマディでは、0.286PPmでした。
測定期間中の最高濃度は、南風が卓越した16日のクウェート市で0.627PPm、健康を考慮した日本の環境基準(0.04PPm)の15倍にもなり、現地住民の健康が危ぶまれました。
実際、ERIが行った現地病院へのヒヤリング調査でも医師は気管支ぜんそくなど呼吸器系の疾患が、炎上1ヶ月後から急増したと話しています。
また、6月上旬にERIが実施したアラブ首長国連邦での現地環境調査では、炎上地から1000キロメートル以上離れたドバイでSO2は基準値の倍近くを記録しています。
炎上油井は、大気汚染物質とは別に膨大な量のエアロゾル(ちり)や黒鉛も排出しました。
結果的にみて、ちりは成層圏には達しなかったようですが、クウェート、サウジ北部、イラン南西部ではちりや黒鉛が直接太陽光線を遮ったことから日中でも暗いだけでなく、気温もクウェート市で最高18℃も低下するなどパラソル効果による局地的な寒冷化が起こりました。
さらに、炎上油井から膨大な量の有害重金属が放出され、そのなかには発ガン性のある物質も含まれていることから、人間はもとよりひつじやラクダなど砂漠に住むほ乳類に対し深刻な影響を与えました。
夏以降も油田周辺では、油井から吹き出す原油によりプールがいくつもでき、原油が砂地に浸透するなどによって砂漠に残されたわずかな生物も死滅していったことが報告されています。
炎上油井は、当初、少なくとも1年半は燃え続くと予測されていました。
しかし、レッドアデアなどアメリカとカナダの鎮火チーム及び途中から参加した中国、東欧、フィリピンのチームが懸命に活動に努めた結果、1991年11月6日に鎮火しました。
以上、湾岸戦争は、「戦争こそが最大の環境破壊である」ことをはからずも世界中に立証したといってよいでしょう。