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      <title>世界のお勉強</title>
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      <description>しましょうよ</description>
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         <title>肝臓が弱っているばあい</title>
         <description><![CDATA[アルコールにかぎらず、薬物などでも摂取の度が過ぎれば、肝細胞をこわすことになるが、修復するひまもなく連続的に破壊されれば、肝臓の実質細胞ではなく、結合組織といわれる「肝臓特有の機能をもたない繊維質のかたい組織」で応急修理されてしまう。

このようなものが増えてくると、肝臓の実質細胞をとり囲んでしまい、毛細血管に入りこめなくなり、生き残っている細胞まで見殺しにするという結果がおこり、それらの組織は、次第に硬いガチガチのものになってしまうことになります。

これが肝硬変です。

脂肪肝やウイルス性肝炎の棍以性化が肝硬変の原因の一つとされており、それを助長するアルコールの暴飲はきわめて危険であるといえよう。

肝臓が弱っているばあい、アルコールをできるかぎりつつしむべきでしょう。

そして、日ごろから<a href="http://napure.jp/" target="_blank">モリンガ</a>などで、健康管理を心がけるだけでもだいぶ違うと思います。
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         <pubDate>Fri, 25 Nov 2011 13:32:19 +0900</pubDate>
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         <title>太陽の周期と占い術</title>
         <description>日本では、陰陽寮設置当初から太一式占に通ずる還俗僧が官人に任用され、占書も伝えられました。


太一式盤も滋岳川人の所持したものや内裏の仁寿殿に宝器とともに所蔵されていたものが知られています。


9、10世紀ごろまでは、四計が行なわれたのではないかと思われます。


しかし、10世紀後半に陰陽道の六壬式占専用が決定的となってからは、時計は行なわれず・・・


歳計のみが、厄歳の勘申に利用されたのではないかと思われます。


西園寺家記録の中の『七十二局立成』には、歳計の計算結果によって、歳ごとの入局の様子が、推古朝から鎌倉時代中期まで600年以上にわたって記されています。


これが実用されたものかなど、その性格はまだはっきりしていません。


しかし、改元理由ともされた太一厄歳説の中には、歳計によるものではないかと思われるものがあります。


承保元(1074)年の太一陽九の厄は、この年が丁度450年周期の陽九にあたるのです。


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         <pubDate>Thu, 23 Jun 2011 13:49:12 +0900</pubDate>
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         <title>映画も見るようにする</title>
         <description>具体的にいえば、映画館へ飛び込むことだ。


教材ではない。


だから、最もいい教材になる。


できれば、何度も同じ映画を観ることだ。


弁当を持って同じ映画を2、3回観れば、英会話学校に数カ月通い、スローダウンされたネイティヴ英語で甘やかされるよりも、はるかに効果的である。


ガイジン英語がわかれば、アレルギーは治ると思うだろうが、それは大きな間違いだ。


英語で一般的にアレルギーが治ったと勘違いすると、その揺り戻しが怖い。


アレルギー時代から、ナチュラル・スピード英語に慣れておくことだ。


映画を有効な教材にすべきだ。


1回目のリスニング能力が0.5%、2回目で1%、3回目でやっと数%。


・・・それで十分だ。


英語を話すことがたとえ最終目的であったとしても、英語学習はヒアリングから始まるのである。

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         <pubDate>Wed, 15 Jun 2011 13:13:47 +0900</pubDate>
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         <title>関係をいきいきさせている</title>
         <description>面白さは、放っておけば窒息状態にある商品に酸素を送りこむというだけではありません。


その商品の背後にある&quot;風俗&quot;や&quot;欲望&quot;や、さらにその奥にある&quot;人間というもの&quot;に息を通わせ・・・


それとわたしたちとの関係をいきいきさせていることがわかるのです。


それでもなお、つまり広告としての効用を失ってもなお面白いと感じられるのは・・・


そこにわたしたちと同じように、いかがわしくて、不思議で、愚かで、だからこそ魅力的な&quot;人間&quot;が、人間の想像力のなかにある&quot;宇宙&quot;が、いきいきと見えているからじゃないでしょうか。


・・・それは、わたしが谷川俊太郎さんの詩を読んで「面白い」と感じたり、野田秀樹さんの芝居を「面白い」と思ったりするのと、本質的には変わらないと思います。

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         <pubDate>Mon, 02 May 2011 19:24:36 +0900</pubDate>
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         <title>函館本町探索</title>
         <description><![CDATA[急な〈幸坂〉を上り、息がきれそうになった所に〈旧ロシア領事館〉がある。

明治43年に建てられたれんが造りの洋館だ。

青い屋根と白い窓枠が何となくかわいい。

彫刻の美しい館内の柱や手すりは堅い木を使っているらしい。

〈姿見坂〉を下りて電車通りを渡ってくるとこれまたいい建物〈太刀川家住宅店舗〉がある。

アンティークショップになっていて、食器や家具が並んでいる。

再び電車通りに出て〈東坂〉を上って行くと、〈中華会館〉の裏にペパーミントグリーンの建物があった。

〈旧小林写真館〉で、道内最古の写真館の建物らしい。

ここから常盤坂、〈旧函館区公会堂〉へ行ってみた。

淡いプルーの壁と黄色の窓枠がどことなく気品を感じる。

そのせいか女性グループが多く、二階のバルコニーではしゃいでいる。

中に入るとルネッサンス様式のインテリアがすばらしく、明治のハイカラ文化がひしひしと伝わってくる。

この公会堂の下手にある〈元町公園〉のベンチでひと休み。

基坂と港の眺めがバツグン。

このままひなたぼっこをしながら眠ってしまいそうな気分。

あぁダメだ。今日は<a href="http://kanizanmai.com/SHOP/9139/list.html" target="_blank">毛ガニ</a>のやってきた海を見るはずなのに。]]></description>
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         <pubDate>Tue, 08 Feb 2011 15:00:10 +0900</pubDate>
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         <title>基地と生きる</title>
         <description>そうなると、これによって生活をしている人々は、どのようなユニークなアイデアでもって対抗していくのか、楽しみですらあります。

生活の知恵とでもいうのか、生きる強さとでもいうのか、とても米軍などは相手にはならないのではないでしょうか。

沖縄市(旧コザ市)は、基地問題を云々しながら、同時にたくましく生き、造り上げていった基地の街です。

いわゆる観光案内書が、同情と興味を折りまぜてコザ十字路、白人街、黒人街、空港通り(ゲート通りともいう。

通りのどんずまりが、基地のゲートになっているため、中の町(日本人専用の夜の街)、吉原遊郭跡、米兵相手の質屋街などを紹介するわけですが、ここで生きてきた人々にとっては、同情やら興味やらは、迷惑な話で、「ただエネルギッシュに生きてきたのだ」と思うのです。

沖縄ツアーでも無関心だ、などといっているわけではありません。
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         <pubDate>Fri, 07 Jan 2011 15:18:38 +0900</pubDate>
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         <title>曇り時々晴れであれ</title>
         <description>明日はもう駄目だろうが、明後日ぐらいは曇り時々晴れ程度によくなってくれないと、万事休すです。


だいたい本来北海道は梅雨がないので、この時期は全般的に天気がいいはずなのだ。


それなのにこの有様です。


そういえば去年もあまりよくなかった。


北海道には、何年かに一度は「蝦夷梅雨」と呼ばれる天気のよくない年があり、去年は典型的なその年に当たった。


梅雨前線がいつも北海道付近にあり、逆に関東のほうは晴れが続いて「から梅雨」になった。


今年と違って車だったので少しは自由が利いたが、それでも旅程は変更に変更を重ねたものだった。


そして北海道　ホテルに来た今年もなのか。

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         <pubDate>Sun, 02 Jan 2011 17:40:41 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発　8</title>
         <description>担当者が研究所や政府の部局に属していない場合であれば、さまざまな宇宙計画の発足以来何卜億ドルにも上っているその費用が、有効に使用されたことを示すリストを強硬に要求されてもいたでしょう。


ここでは、軍事用の宇宙関係支出が民間の現在では追い越していることが見てとれます。


1960年代においては、宙飛行がNASAの支出を極端に押し上げています。


もちろん、微小技術の発展から、衛星を通じての通信(これにはもちろんテレビジョンも含まれています)、さらには衣料、医学、材料などのあらゆる分野において、前進が記録されてはいました。


そして人類にとっての恩恵はこれからなのかもしれません。


多くの人々にとっては、宇宙飛行と宇宙への信号が、いつの日か、地球の人類と何らかの共通項を持った他の生命体との接触をもたらすかもしれないという、あのかすかな望みと期待とが常に存在しているのです。


その一方で、これまでの宇宙開発は地球から遠く離れた、私たちの銀河系の周辺部で行われているわけではなく、ほとんどが地上ほんの数百キロメートルの場所で進められているにすぎません。


これには多くの理由があるのです。

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         <pubDate>Wed, 20 Oct 2010 12:32:44 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発　7</title>
         <description>このような、ある意味では無気味な見方にここで触れるのは、国際的な世論というものが現在何が起っているかに全く関心を持たないか、あるいは素晴らしい技術的成果といったものに目をくらまされてしまうことを承知している政府は、その意図する計画の内容をどうにでも進め、実現することができるのだ、という点を示すことにあります。


また、このような議論では、大衆の気まぐれさという点も暗示されています。


と同時に、社会全体としてみた場合、何故にこれほどまでの技術、注目そして資金が宇宙探査に注がれているのかと、疑問を提出すべき時点に到達していることも、確かなのです。


初期の頃には、その答は明らかでした。


それはちょうど、なぜ山に登るのかという問と多くの点で共通していました。


なぜならそこに宇宙があるからだ、と言うことができたのです。


宇宙は昔も今も、挑戦の対象として存在しています。


初期の飛行には、素晴らしい成果という以上のものがありました。


科学や技術が宇宙探査にその力を振り向けなければ、責任を回避していると批難されたに違いありません。


同様に、軍の各部門は、そのような宇宙探査を奨励し、利用しようとする誘惑を抑えつけていたとしたら、余りにも無知だと言われていたでしょう。

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         <pubDate>Fri, 01 Oct 2010 12:30:53 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発　6</title>
         <description>宇宙飛行全体の4分の3余りが、直接的、間接的な軍事機能を果たしていることを考えるなら、軍部が宇宙飛行の将来に対して、少くともその軍事的要素に比例するだけの発言力を求めたとしても、決して不思議ではありません。


そこで、次に宇宙システムの幾つかを検討し、どの種の衛星が誰のために、どのような役割を果たしているのかを明らかにしたいと思います。


ほとんどの人々にとって、宇宙探査は心を奪われるだけの魅力に満ちています。


けれどもスプートニク1号から5半世紀を過ぎた現在でも、宇宙のフロンティアを切り開いているのは、技術者であり、科学者であり、そしてロシアの、米国の宇宙飛行士たちです。


一方、遠隔操作された宇宙船によって達成されたさまざまな業績をすでに知識として持っているにもかかわらず、人々はあたかも宇宙飛行が地球上における最大のショーであるかのように、息を殺して見守っているのです。


もちろん、人類がひとたび月面に立った後では、それに続いた科学上のあるいは宇宙飛行士による冒険は、国際的な想像力や関心を呼び起こす力が弱いことは否定できませんでした。


しかしながら、そのような関心を再度惹き起こすには、1つの悲劇が宇宙で起こるだけで十分なのです。


例えば、米国で3人の宇宙飛行士の命を奪った惨事が発射台ではなく、軌道を周回中に起ったのだとしたら、次の打上げと回収とは、より大きな関心をもって眺められたに違いありません。

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         <pubDate>Sun, 12 Sep 2010 12:29:04 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発　5</title>
         <description>ところがワシントンにおいては、他の圧力団体による資金の要求によっで、宇宙計画が脅やかされるような事態が、しばしば起っていました。


例えばアポロ計画が終了した時点では、多くのロビイストが米国の宇宙計画はもう用済みで、NASAは諸設備の保全を行うだけの機関でよいと主張していました。


米国の軍部が大きな問題を抱えていたことは事実です。


彼らは一方では、通常の軍備計画のために防衛費の増額を要求し、他方では国家の宇宙計画の方向性の決定においても、大きな発言力を欲していたのです。


そしてそのための唯一の方法は、資金を注ぎ込むことでした。


実際、軍部は常に大きな関心を抱くとともに、重要な役割を果たしてきました。


1957年の米国側の最初の宇宙への試みは、米海軍によって行われています(最初の年に米国によって試みられた14回の打上げのうち、8回は米海軍の指揮下にありました)。


現在の米国には独立した宇宙司令部が置かれ、またカリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地には、軍独自のスペースシャトル打上げ施設が建設されています。

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         <pubDate>Fri, 10 Sep 2010 12:28:02 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発　4</title>
         <description>1981年4月12日、米国は宇宙飛行の最も進んだ分野の1つにおけるリードを証明したのです。


スペースシャトル、コロンビア号の打上げと回収の成功です。


もちろん重要な点は、この宇宙船が再使用可能であるということであり、また衛星を打上げるだけでなく、回収することもできるということでした。


宇宙飛行士を、まるで簡単に離陸しまた着陸するジェットパイロットのように描くSF漫画の領域に、人類は史上初めて現実的にも近付いたのです。


恐らく、その道はまだ遠いとも言えました。


しかし1957年10月4日以降、人類がたどってきた長い道程を考慮するならば、最小限の地上からの支援と、簡略化された打上げ手順による宇宙飛行は、もはや夢物語ではなくなったのです。


加えて、それを現実のものにする資金を政府に提供させ、かつ継続させていくための圧力をかける幾つもの利益団体が存在していました。


一方、ロシアの宇宙計画においては、資金不足や政府の熱意を疑わせる徴候が観測されたことは、全くといっていいほど存在しません。


さまざまな理由で、それはロシアの軍事計画の重要な一部と見なされているからです。

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         <pubDate>Tue, 10 Aug 2010 12:27:10 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発　3</title>
         <description><![CDATA[男性支配の宇宙飛行の世界において、女性がそれを行った場合についての好奇心が生まれるのは、理解しうることでしょう。


サビツカヤの役割は、最初の女性飛行士となったテレシコワに比べると、専門的、科学的な内容でした。



にもかかわらず準備不足は否めず、彼女自身そして地上で支援する同僚を含めて、宇宙飛行が女性に及ぼすかもしれない問題について完全に理解してはいなかった、と考えられています。


彼女に課せられていた任務は、飛行がひとたび順調に移行し、成功裡に終了した後、48ロシアの宇宙計画担当官によって明確に定義されています。


テストパイロットとしての彼女の資格、さらには宇宙飛行士としての彼女の訓練の成果には疑問をはさむ余地は全くありませんでした。


しかし、ロシアは彼女が「ある種の生物学的実験」を行うことが重要であるという点を特に強調し、そのため彼女は別個の居室を与えられていたのです。<a style="color:#2F32B5; text-decoration:none; font-weight:normal;" href="http://iikagu.wordpress.com/" target="_blank">河成鎮</a>次郎氏によると、ロシアがこのようにサリュート宇宙ステーションシリーズに全力を注いでいる間、米国が宇宙マラソンではるかに遅れをとったと考える人々も現われてきました。

]]></description>
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         <pubDate>Mon, 02 Aug 2010 12:26:05 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発　2</title>
         <description>アポロ18号を最後に、米国は有人飛行計画を1981年まで中止し、スペースシャトル第1号の登場となります。


米国では当時、有人飛行の中止は政府が犯した大きな誤りであるという批判が寄せられました。


しかし、そのような飛行の継続を正当化する理由は何もなく、それよりもスペースシャトルの実用化に持てる力を注ぐべきであるという意見もまた強かったのです。


ロシアの側では、1974年から始まった有人飛行計画を間断なく継続していました。


この中には、有人飛行の宇宙滞在記録を次々と樹立した、2つの重要な宇宙ステーション、サリュート6号および7号が含まれています。


このサリュート宇宙ステーションは、宇宙滞在が6ヶ月以上にも及んだ際の飛行士の作業効率に懸念が残るものの、長期にわたって残存する悪影響を心配せずに、人間が宇宙でかなりの月日を過ごすことができることを示したのです。


ある飛行士は帰還後、任務に応じて幾らでも長い間、宇宙に留まっていることもできるとさえ語っています。


けれども何人かのロシアの飛行士は、その宇宙飛行中に異常な体験をしたことも事実でしょう。


例えばある飛行士は8～10センチメートルほども身長が伸びてしまいましたが、地球帰還後に平常の重力を受けると、数日して元の身長に戻っています。


1982年になると宇宙飛行を行った2番目の女性となったスベトラーナ・サビツカヤ飛行士が、サリュートに乗り組むことによって、生物学上のテストが一層進展することとなりました。

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         <pubDate>Tue, 20 Jul 2010 12:24:41 +0900</pubDate>
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         <title>世界の宇宙開発</title>
         <description>ロシアは、1基のロケットで8個の軍事衛星を1度に打上げるという計画を、その後も継続して行っています。


(コスモス617号～624号、コスモス641号～648号、コスモス677号～684号)。


米国もまた偵察衛星の打上げを続けており、1974年には、2月と6月に短期間軌道飛行を行った衛星を含む、幾多の衛星を打上げていました。


そのビッグバードシリーズの衛星は、7月20日トルコ軍がキプロスに侵入したときには、すでに軌道を回っていました。


この東部地中海での危機における衛星による偵察の密度は、前年10月の中近東を対象としたものに匹敵するほどのものでした。


この間、ロシアは有人飛行の分野でも米国に追いついています。


ソユーズシリーズが始められ、地球に近いサリュート宇宙ステーシヨンと連動していました。


米国では1973年11月16日のスカイラブ以降、有人飛行は行われていません。


その再開は1975年7月15日、経験豊かなトマス・スタッフォード飛行士(彼は10年前にジェミニシリーズで初めて宇宙飛行を体験しています)とスレイトン、ブランド両飛行士を乗せたアポロ18号まで待たねばなりません。

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         <pubDate>Thu, 01 Jul 2010 12:22:42 +0900</pubDate>
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